プロフィール(過去編)

どうも、Yasumixです。

運営している人

名前:Yasumix

年齢:35歳 1986.3.2

職業:サラリーマンですが、会社創立からの立ち上げメンバーとして頑張ってます。

Twitter:@freedom_yolo

2021.7月現在

 

経歴

1986年3月2日に岐阜県関市に転勤族の長男として生まれる。

幼少期~小学生

愛知県名古屋市の幼稚園に年中まで過ごす。

自分の記憶として残っているのはこの頃から。

幼稚園裏にあるファミリーマートで「かにぱん」を買ってもらうのが楽しみの一つだった。

 

年長から中学1年まで東京都葛飾区で過ごす。

当時の性格は、

誰かがいないと何もできない極度の不安症。

優希のない根性なしのくせに、誰かと一緒にいるとでかい顔して調子に乗るクソみたいな少年。

先生でも友達でも、ほんの些細なことで注意されたり断られたりするだけで、すぐ泣いていた。

そんな自分、嫌いやわ~。

 

中学校~高校

愛知県名古屋市(幼少期とは違う場所)の中学校に通う。

学力がめちゃくちゃ高い学校で、一気に勉強についていけなくなり、

今まで80点以下をとったことがなかったテストでも、全教科30点とかになる。

 

同時に市内きっての不良校でもあり、転校生ということで目を付けられ毎日殴られてました。

すれ違いざまにいきなり腹パン喰らってました。

マジで地獄だった。。。

ただそんな環境のおかげか泣き虫は克服。

殴られて泣くとまた殴られるからです。

荒療治だったけど、今思えば必要な経験だったのかもしれない。

そう思いたい。

 

ただそんな中でもユニークな友人が1人いて、その友達に毎日笑わせてもらっていた。

彼のおかげで中学校を登校拒否せずに済んだ。

もう全然連絡も取っていないが、今でもふと思い出す。

今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

この中学校に引っ越してきたときに、B’zにハマる。

B’zの存在は今でも自分を奮い立たせ励ましてくれる支えです。

そう考えるとこの二年間は人生初のターニングポイントだったのかもしれない。

 

高校生になり不良たちとはおさらば。

とても清々しい気持ちで学校に通っていたのを覚えている。

二年生までは毎日とても楽しく過ごしていた。

男女間の仲もよく、今でもいい思い出。

だったが、最後の一年、進路選択でミスを犯し、友人に全くなじめないクラスに属してしまった。

そこで完全にオタク化する。

大学受験は「文化財豊富な京都に行ければどこでもいい」と考えていたので、気になったところをいくつか受験。

何とか滑り込みで合格できたので、新天地京都で新生活を始めることになる。

 

大学時代

高校の授業で楽しかったテニスを本格的にやってみたいと思っていたこともあり、

体育会の硬式テニス部に入部。ここで脱オタクする。

このテニス部で出来た同期の親友は、自分にとって心からの親友になることをこの時まだ知る由もない。

大学生活での4年間は人生二度目のターニングポイントになる。

 

部活に入部したことで、人生で初めて勝負の世界に所属したことになる。

テニスは4年間で全然強くなれなかった。

練習は上手になれたが、見栄としょうもないプライドのせいで、試合では全く勝てない4年間だった。

「負けたらかっこ悪い」「練習の成果が出せなかったらどうしよう」

試合の時はそんなことばっかり考えていたので、今思えば勝てるわけない。

そもそも負けてもどうもない。

次に勝つための対策が練れるチャンスをこの世の終わりみたいな感じで勘違いしていた。

その割にプレッシャーのない練習の時はなまじ上手にできるものだから、たちが悪い。

結局小学生の時から精神的に全く成長していなかったわけで。

ちなみに自分はそういう人間だと気づき改善に一歩を踏み出したのは30歳を過ぎてから。

ホント、最近までの自分嫌いやわ~。笑

過去の自分にはマジで自己嫌悪しかない。

 

4年生の夏に12年半のローンを組んでハーレーダビッドソンを新車で購入。

もともと乗りたいと思っていたが、このめちゃくちゃな行動は良くも悪くも若気の至り。

見栄の塊もいいところである。

ただ、購入していいこともあった。

ハーレーに乗って過ごした10年(返済途中で売却し、バイクは手放した)は、人生でかけがえのない経験をさせてくれた。

普段いけないところも愛車と一緒に行くことが出来た。

現在の人生の目標の一つにもう一度ハーレーを購入するというものがある。

しかし今度はローンではなく余剰資金から一括で購入するつもりだ。

 

社会人

最初の3年間はバイク販売会社で働く。

半年で店長と喧嘩しバックれる。

その後人事部長に引き留められ経理部に転籍。

 

その後公務員を目指し、会社を辞め予備校に通う。

缶詰で勉強でした結果、筆記試験には合格したが面接で落ちる。

 

気分で某牛丼チェーンでバイトする。

それが楽しくて、3年で店を任せられるようになるも、

29歳の時にこのままでいいのかと考え、バイトを辞める。

 

そのままホームページ制作会社の営業職に。

しかし31歳の時に鬱状態になり会社を退職。

半年間生活保護で生き延びる。

しかし、ここでの仕事環境や鬱状態が自分の人生の三つ目のターニングポイントになる。

今までの自分の価値観がいかにいい加減なものなのか、退職後の半年でひたすら考えさせられることになった。

 

退職してから半年後、ふと「働かないと!」と思うようになる。

国からの手当はもらおうと思えばまだ1年くらいもらえたはずだったんだけど、

申請を辞めて働くことにする。自分の中で答えが出た瞬間だった。

不思議なもので、鬱になってしまったものの、今でもその会社のことは全く悪く思っていない。

全てを肯定することはできないけど、少なからず自分に対しての愛情を感じているし、

自分が間違っていた部分もたくさんあったことに気づかせてくれた。

鬱になる前の自分と比べて、圧倒的にメンタルが強靭になった。

いい意味での開き直りと、全て自己責任で生きていく覚悟が身についた。

周りからどう思われているかとかも全く気にならなくなったし、人から嫌われることも平気で受け入れることが出来るようになった。

人に依存することもなくなった。

今となっては感謝しかない。

 

働こうと思ってからは市のごみ収集の会社にバイトで入社。

リハビリを兼ねて体を動かす仕事をしようと決意。

入社から半年後、そこで出会った人と話が合い、一緒に会社を立ち上げようということになった。

もちろん自分が代表ではないし、立場は雇われだけど、創設メンバーとして自分も会社を運営しているという心構えで仕事をしている。

現在起業4年目。

3年目という一つの節目はクリア。

 

ここまでが現在の経歴です。

未来の経歴へ続く。